200 研究系及び研究施設の現状
極端紫外光実験施設
繁 政 英 治(助教授)
A -1)専門領域:軟X線分子分光、光化学反応動力学
A -2)研究課題:
a) 内殻光励起分子の解離ダイナミクスの研究 b) 内殻電離しきい値近傍における多電子効果の研究 b) しきい電子−イオン同時計測装置の開発(下條助手) c) 自由電子レーザーを利用した分光実験
A -3)研究活動の概略と主な成果
a) 内殻励起分子の解離ダイナミクスの詳細を解明するためには,振動分光が可能な高性能分光器が必要不可欠である。 90∼600 eV のエネルギー範囲で,分解能5000以上を達成する事を目指して,不等刻線平面回折格子を用いた斜入射 分光器を B L 4B に建設した。この分光器を用いて,S O2及び NO2分子の窒素,酸素の 1s 励起領域,更に C l2及び HC l 分 子の塩素2p励起領域において,高分解能対称性分離スペクトルを観測した。高度な量子化学計算を援用することに
より,屈曲三原子分子のスペクトルの正確な帰属を行い,スピン・軌道相互作用による分裂が複雑であるために,こ れまで解釈が殆どなされていたかった塩素の 2p 励起領域のスペクトル構造の電子状態を明らかにした。
b) 内殻光電離によって放出される光電子の運動エネルギーが,脱励起過程で放出されるオージェ電子のそれに比べて 十分に大きく,それらがエネルギー的に完全に区別して検出可能な場合,内殻光電離過程とオージェ電子放出過程 を独立事象として取り扱う,いわゆる二段階モデルが良い近似となる。しかし,光のエネルギーを下げて光電子が オージェ電子と同等の運動エネルギーを持つような状況を実現すると,両者を区別することが出来なくなる上に, PC I効果と呼ばれる放出二電子間の相互作用が無視できなくなり,二段階モデルは適用できなくなる。内殻電離しき い値近傍における多電子効果の角度分布への影響を調べることを目的として,高速二次元検出器を用いた高効率エ ネルギー分析器の開発を行った。これを用いて,オージェ電子の角度分布が分子軸の配向に依存し,それらが光エネ ルギーにも依存する事を明らかにした。更に,真空紫外から軟X線領域( 10 ∼ 2000 eV )における原子分子の光吸収 過程において非常に高い精度で成立すると考えられてきた電気双極子近似が,分子の内殻光電離については,原子 の場合よりもずっと低エネルギー(約 400 eV )で破綻していることを示した。
c) 光のエネルギーが,原子・分子のイオン化エネルギーに正確に一致すると,運動エネルギーが殆どゼロの光電子を放 出する。これをしきい電子と呼び,そのような電子を積極的に捕集する分光法をしきい電子分光法と言う。しきい電 子分光は,内殻励起分子の二電子放出過程の検出にも非常にも敏感であり,電子相関が重要な役割を演じる内殻電 離しきい値近傍は,しきい電子分光法による研究対象として格好のターゲットである。我々は昨年度から対称性分 離分光法としきい電子分光法を組み合わせた新しい分光法,対称性分離しきい電子分光法の確立を目指し,装置の 開発を行ってきた。窒素分子の内殻励起領域に於いてテスト実験を行い,対称性分離しきい電子スペクトルが観測 可能であることを確認した。更なる高分解能化には,偏向電磁石部を光源とするB L 4Bでは光強度が不足しているた め,UV S OR の高度化に合わせて新設されるアンジュレータービームラインB L 3Uを利用した実験が待たれる。これ
研究系及び研究施設の現状 201 により,内殻電離しきい値近傍に潜む電子相関に起因するスペクトル構造の詳細の解明が可能になると期待される。
(下條助手)
d)自由電子レーザー(F E L )を実際の分光実験に利用する事を目指して,UV S OR マシングループと共同研究を進めて いる。放射光と F E L を組み合わせた二色実験を世界に先駆けて行う事を最優先し,X e原子の5p5(2P3/2)4f共鳴自動イ オン化状態の観測にターゲットを絞り,F E L を用いた気相実験としては世界で初めてこの共鳴状態の観測に成功し た。更に短波長側に存在する5p5(2P3/2)nf 系列の観測を目指して,実験装置の整備を行っている。
B -1) 学術論文
R. GUILLEMIN, O. HEMMERS, D. W. LINDLE, E. SHIGEMASA, K. L. GUEN, D. CEOLIN, C. MIRON, N. LECLERCQ, P. MORIN, M. SIMON and P. W. LANGHOFF, “Nondipolar Electron Angular Distributions from Fixed-in- Space Molecules,” Phys. Rev. Lett. 89, 033002-1 (2002).
E. SHIGEMASA, T. GEJO, M. NAGASONO, T. HATSUI and N. KOSUGI, “Double and Triple Excitations near the K- Shell Ionization Threshold of N2 Revealed by Symmetry-Resolved Spectroscopy,” Phys. Rev. A 66, 022508-1 (2002).
T. IBUKI, K. OKADA, S. TANIMOTO, K. SAITO and T. GEJO, “Fragmentation Competing with Energy Relaxation in Core-Excited CF3CN,” J. Electron Spectrosc. Relat. Phenom. 123, 323 (2002).
T. GEJO, J. A. HARRISON and J. R. HUBER, “Depletion Spectrum of Ozone in a Molecular Beam. Evidence for Interference Effect in the Hartley Band,” Chem. Phys. Lett. 350, 558 (2001).
B -4) 招待講演
T. GEJO, “User experiments on the UVSOR FEL,” France-Japanese workshop on Free Electron Laser, Tokyo (Japan), November 2002.
B -6) 学会および社会的活動 学会の組織委員
日本放射光学会年会放射光科学合同シンポジウム組織委員 (1999-2001). 学会誌編集委員
日本放射光学会誌編集委員(1999-2001).(下條助手) Synchrotron Radiation News, correspondent (2002- ).
C ) 研究活動の課題と展望
原子分子の分光学的手法により得られるスペクトルは,一般にはある側面からの観測であって,そこにある物理全体を理解 するためには,幾つかのスペクトルを組み合わせることが望ましい。このような観点から,内殻励起分子のダイナミクスの研究 に同時計測の手法を積極的に導入してきたが,UV S OR 施設のビームライン分光器の性能や実験装置の制約から,これま では電子やイオンの単純な検出に限らざるを得なかった。2003年度から利用可能となるB L 3Uの分光器は,これまで利用し てきたB L 4Bに比べて桁違いに高性能であり,世界最高水準の高分解能かつ高強度の軟X線の利用が可能となる。これに より,光源性能による実験条件の制約は大幅に緩和されるはずなので,従来実現が困難であったしきい電子や発光を絡め た新しい同時計測実験を,内殻励起状態の寿命幅を大幅に下回る高分解能下で実施したい。2003年度には,関連する装
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置の開発を開始する予定である。内殻励起に起因する解離のダイナミクスを多角的,立体的に捉えることを目指し,二次元 検出器を導入した電子とイオンの多重ベクトル相関測定法も引き続き開発中であるが,このような装置の開発・立ち上げに はかなりの時間が必要なので,国内外の放射光施設での共同研究も暫くは継続して行く方針である。